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2018年7月26日 (木)

なんでかな?

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こんにちは!


2か月近くのご無沙汰になりました。

毎日暑い日が続いてます。

暑すぎてベランダから蚊がいなくなりました。

毎晩タバコを吸うたびに刺されてましたがもう1匹もいません。

くれぐれも無理をしないように体調には気を付けましょう!


6月でお客さんのお手伝いも終わり今月から

水泳練習を再開しましたが3か月に渡る組立で肩と背中が

ごりごりに凝っていて週2回が精一杯でやっと先週から

週3回に増やしました。また昨年末からランニングを

止めたせいか健康診断の結果がメタボで肝臓の数値も

悪くてお酒はビールだけにしてランニングも再開しました。

早朝から全身汗まみれになって走るとあっという間に

体重も落ちそうです。おそらく肝臓の数値も元に戻った

ことでしょう???


魚釣りは暑すぎて全く行く気がせず週末は古代ロマン史巡りを

しています。こんなのは私も初めてで驚いてます。歳かな?

きっかけは伊集院静氏のエッセイによく黒岩重吾氏の話が出てきて

それまで社会派作家という認識しかなくて少し年代も古いので

全く興味がなかったのですがこの人自身の経歴が半端なくて

またある時期から古代歴史小説を書きだしたとのことで

試しに「聖徳太子」を読み出しました。全4巻でやっと

4巻目に入りましたが非常におもしろいです。戦車ゲームも

止めて毎晩寝るまで読んでます。それまで聖徳太子と言えば

架空の超人のような知識しかありませんでしたが人間太子くんが

小説の中で活躍しています。高貴な元に生まれてもそれはそれなりに

苦労があるのですね。


その影響で取りあえず一度お墓に行って挨拶をせねばならない??

と思い(何でそう思ったのかは今でもわからないですが。。。)ましたが

ゆかりのある四天王寺、法隆寺は知っているし行ったこともありますが

どこに住んでいたのかとかどこにお墓があるのかは全く知りませんでした。

たぶん奈良のどこかだろうと調べてみるとお墓は何と大阪にありました。

南河内郡太子町です。今までこの地域には何の縁もなく初めて行ってみました。


日本に最初に仏教を広めた人だけにお墓はお寺の中にあり名前は「叡福寺」です。

境内の一番奥の裏山の入口にありました。生前にここに埋葬することを

指示していたそうで母親と奥さんのうちの1人と3人で埋葬されたそうです。

いわゆる古墳でした。


日曜日の午後に訪問しましたがまあまあ広い境内に誰もおらず

全く私1人で間違ったお寺に来たのかと思いました。

帰るまでにお寺の人が1人と老夫婦の2人が後から来ただけです。

どこにでもいる外国人観光客もいませんでした。

私もそれまで日本で知らない人はいない超有名な人にも関わらず

叡福寺の名前さえ知らなかったのはひょっとして聖徳太子さんの

力が今でも働いているのかと思いました。それぐらい静かな場所でした。


グーグルで検索するとその近くに大好きな博物館があったので

帰りに寄ってみました。名前は「大阪府立近つ飛鳥博物館」です。

ここも全く初めて知って訪問してみました。

難波宮から見てこの地域は奈良の飛鳥に近いから近つ飛鳥と言うそうです。

奈良の飛鳥は遠つ飛鳥と言うそうです。全く知らなかった。

建物は現代の古墳をイメージしたそうでたいそう立派でした。


何の知識もなく訪問してみると聖徳太子さんを含め3人が埋葬されていた

横穴式石室の復元模型が展示されていて叡福寺から誰かに連れて来られた

気がしました。少し怖くなりました。

展示物も古墳に実際に埋葬されていたものが多数あり見ていて

飽きません。この時代に既に馬具をつけて馬に乗っていて

その馬のレプリカがありえらい小さいのに驚きました。

もし時間があれば叡福寺とこの博物館に行ってみてください。


次回は大神神社訪問記を書いてみます。オオカミ神社じゃないですよ。

ハハハ!

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